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札幌地方裁判所 平成5年(ワ)1205号 判決

原告

古谷敏明

右訴訟代理人弁護士

岸田昌洋

右訴訟復代理人弁護士

中村隆

被告

三洋証券株式会社

右代表者代表取締役

土屋陽一

右訴訟代理人弁護士

平野雅幸

増澤博和

吉村正貴

菊島敏子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、六〇〇万円及び平成五年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、証券会社に株式を保護預りにしていた者が、証券会社に対し、主位的に、同社の営業担当社員による利益保証を約するという不法な勧誘行為によって、右株式を有価証券の信用取引に要する保証金に供することとなり、その結果右株式を売却することができなかったので現在までの株価の値下がり分を損害であるとして、民法七一五条に基づき損害賠償請求し、予備的に、証券会社との間でした利益保証の約束の履行を請求した事案である。

一  請求原因の要旨

〔主位的請求〕

1 被告は、有価証券の売買、有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引及び外国市場証券先物取引等を行う会社であり、訴外小林宏(以下「小林」という。)は、平成二年一月三〇日当時、被告の札幌支店において有価証券取引等の営業を担当していた(当事者間に争いがない。)。

2 原告は、右当時、かねてから被告の札幌支店の仲介で買い受けていた山川工業、理経、日新火災海上保険、日本電信電話、ドイツ銀行、ブリティッシュスチール等の株式を被告に保護預りしていた。

3(一) 訴外小林は、平成二年一月三〇日、原告に対し、「必ず六〇〇万円の利益を持って参りますから」と言って、保護預かり中の前記株券を保証金に供し、有価証券の信用取引をさせて欲しいと申し出た。

(二) 原告は、右申出を初めは断っていたが、訴外小林の執拗な勧誘に負けて、申出に応じ、一切の取引を訴外小林に任せた。

(三) 訴外小林は、原告に対し、取引に関する報告を一切することなく、信用取引を行っていたが、六〇〇万円の利益を持参しない。

(四) 原告は、右約束が実行されることを期待し、保護預り中の株式の売却等をせずに被告に預けたままにしていたが、株価の値下がりにより、現在売却すれば六〇〇万円を超える損害を被ることになる。

4 よって、原告は、被告に対し、民法七一五条による使用者責任に基づき、損害賠償金六〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〔予備的請求〕

原告は、被告との間で、平成二年一月三〇日、被告が前記の保護預かり中の株式を自由に運用することを認めるかわりに、遅くとも平成三年八月三一日までに原告に対し、六〇〇万円の利益金を支払う旨約束した。

よって、原告は、被告に対し、右約束に基づき、利益金六〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  争点

1  主位的請求について

(一) 被告は原告に対して不法な勧誘行為をしたか(被告は否認する。)。

(二) 原告の損害(被告は損害がないと主張する。)

2  予備的請求について

(一) 原被告間の利益保証約束の存否(被告は否認する。)

(二) 右約束の履行請求の可否(被告はこの請求を平成三年法律第九六号による改正後の証券取引法に反するから違法であると主張する。)

第三  争点に対する判断

一  主位的請求(不法行為)について

原告の主張する損害が認められるかにつき検討する(争点1(二))。

1  証拠(甲一、二の1ないし6、三、原告本人尋問)によれば、訴外小林は、平成二年一月三〇日、原告に対して、有価証券の信用取引により六〇〇万円の利益を上げることを保証する旨約したこと(以下「本件利益保証」という。)、原告は、被告に山川工業、理経、日新火災海上保険、日本電信電話、ドイツ銀行、ブリティッシュスチールの株式を保護預りにしていることが認められる。しかしながら、本件全証拠によっても、原告は、被告に保護預りにしていた右株式を、右信用取引に際し担保に供し、そのため原告が自由に処分できなくなったとまでは認めるに足りず、かえって原告本人尋問の結果によれば、原告が自己の株式を保護預りのままにしているのは、本件利益保証の履行を確保するために処分を控えているに過ぎないことが認められる。

ところで、原告は、その主張する株価の下落による損害の発生を証するものとして、下落した株価を調べた書面(甲四)を提出し、これに沿う供述をするが、株価は種々の要因により絶えず変動するから、現在の株価が本件利益保証当時のそれよりも低額であることから直ちにその差額を損害ということはできない。本件利益保証当時、現在の株価の下落を確実に予測しえなかった以上、株価の下落した分を損害ということはできない。本件においては、本件全証拠によっても、本件利益保証当時、現在の株価の下落を確実に予測しえたと認めるに足りない。

2  そうすると、そもそも、原告は、本件利益保証当時から現在に至るまでの間、保護預り中の株式を株価の変動に対応して自己の判断に基づき処分する機会を有していたから、自由に処分できないが故に損失を被ったということはできず、また、原告が保護預り中の株式を処分しない間に株価が下落したとしても、これを確実に予測しえなかった以上結果論に過ぎないから、いずれにしても原告が主張する損害は認められない。

したがって、被告の営業担当社員である訴外小林の利益保証を提示した勧誘行為が違法か、訴外小林に右行為をする権限があったか等その余の点を判断するまでもなく、主位的請求には理由がない。

二  予備的請求(利益保証の合意)について

1  仮に、原告の主張するように平成二年一月三〇日に原被告間で利益保証の合意がされたとした場合、原告による右合意の履行請求が許されるかにつき検討する(争点2(二))。

(一) 平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法下でされた利益保証の合意の私法上の適法性について

本件利益保証当時(右改正前)の証券取引法は、その五〇条一項三号、四号において、証券会社側が株式取引等につき顧客に対し損失保証(利益保証には当然に損失保証を含む。)することを約して勧誘することを禁止していたが、これに違反した場合には、証券会社側に行政処分を課すにとどまり刑罰を科すことはなかった。したがって、右規定に違反したことから、直ちに当時された利益保証の合意が当初から私法上無効であるとまではいえない。

また、平成四年一月一日から施行された右改正後の証券取引法(以下の規定は現在も適用される。以下「改正法」という。)は、その五〇条の三第一項一号において、証券会社が株式取引等につき顧客に対し損益発生前に損失保証ないし利益保証する旨約すること等を禁止し、これに違反した場合には、違反行為者を一年以下の懲役若しくは一〇〇万円以下の罰金に処し、またはこれを併科するほか(同法一九九条一号の六)、違反行為者が証券会社の従業員等のときは両罰規定により証券会社にも一億円以下の罰金を科することとした(同法二〇七条一項二号)が、この規定は遡及して適用されることはないから、やはり右改正前の利益保証の合意が新たに刑事上の制裁が設けられたが故に当初から私法上無効であるとはいえない。

そうすると、原被告間の利益保証の合意は現在でも私法上有効である。

(二) 原被告間の利益保証の合意が改正法五〇条の三第一項三号、第二項三号に違反するとの被告の主張について

(1) 改正法五〇条の三第一項三号は、損益発生後の損失補填または利益追加を目的とする財産上の利益の提供を禁止し、これに違反した場合には、違反行為者に対して一年以下の懲役若しくは一〇〇万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する(同法一九九条一号の六)のに加えて、違反行為者が証券会社の従業員等のときは両罰規定により証券会社にも一億円以下の罰金を科する(同法二〇七条一項二号)旨定めるから、証券会社による利益保証の合意の履行に対しては刑事上の制裁が科せられることになった。

(2) 改正法五〇条の三第二項三号は、顧客が株式取引等につき証券会社に対して自ら要求して同条第一項三号の財産上の利益を提供させて受領することを禁止して、これに違反した場合には、顧客に対して六月以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する(同法二〇〇条三号の三)旨定めるから、顧客が証券会社による利益保証の合意の履行を要求し、これを受けると刑事上の制裁が科せられることになった。

(3) 結局、現時点においては、原被告間の利益保証の合意に基づき、被告が原告に対して六〇〇万円を提供すること、原告が被告に対して六〇〇万円の交付を要求し、被告がこれを提供したとき受領することは、いずれも刑事上の制裁を科すことにより禁止されている。そして、右(一)(二)の改正が、損失保証及び利益保証により証券市場における自由かつ公正な価格形成機能が大きく損なわれた経験を踏まえて、このような保証を網羅的かつ厳重に禁止して健全な証券取引秩序を維持することを目的としていることに照らすならば、原被告間の利益保証の合意は、法改正という当事者双方の責めに帰すべからざる事由によりもはや履行が不能になったと解すべきである。

そうすると、原被告間の利益保証の合意は、私法上有効であるが、右合意に基づく利益の提供は履行不能になったから、原告の履行請求は認められない。

2  したがって、原告と訴外小林との間の本件利益保証が、原被告間の利益保証の合意となるか(争点2(一))等その余の点を判断するまでもなく、予備的請求は理由がない。

三  以上のとおり、原告の請求にはいずれも理由がないから、棄却することとする。

(裁判官永井裕之)

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